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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)102号 判決 1994年10月25日

大阪府東大阪市高井田東2丁目9番地

原告

株式会社国宗工業所

同代表者代表取締役

国宗範彰

同訴訟代理人弁理士

福島三雄

野中誠一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

熊沢昶紀

斎藤信人

向後晋一

中村友之

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第23722号事件について平成5年5月20日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年8月22日名称を「糸止め付き糸ボビンおよびその製造方法」とする発明につきした特許出願(昭和58年特許願第153453号)を原特許出願として、昭和63年6月14日名称を「糸止め付き糸ボビン」とする発明(以下「本願発明」という。)について、分割出願(昭和63年特許願第146237号)をしたところ、平成4年10月12日拒絶査定を受けたので、同年12月16日審判を請求し、平成4年審判第23722号事件として審理されたが、平成5年5月20日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年6月24日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ボビンと糸止めフランジ体とを備えたプラスチック製のものであって、ボビンは、ボビンのフランジの外端面に、フランジより小径の係止鍔を有する突出筒部が形成され、糸止めフランジ体は、係止鍔に係止する被係止部が内周に形成された環状とされ、糸止めフランジ体が突出筒部に圧嵌されることにより、被係止部が係止部に強制係合されるように形成され、糸止めフランジ体は、突出筒部の端面から放射方向に形成される連結部によって、ボビンと一体に成形され、連結部は、糸止めフランジ体を突出筒部に圧嵌する際に容易に切断され得る強度になされていることを特徴とする糸止め付き糸ボビン用成形体(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和53年特許出願公開第86840号公報(以下「引用例」という。)には、別紙図面2の第4図、第5図(以下「引用例の第4図、第5図」という。)が添付されており、同第4図、第5図及びその詳細な説明には、糸止め付き糸ボビン用成形体が記載されており、このものはフランジ17の内周にリング部16’があって、ボビン10の円筒状突出部13’にフランジ17のリング部16’を圧入嵌合させて固定するものである。

(3)  上記のリング部16’は、上記円筒状突出部13’に嵌合、固定されるものであるから、本願発明の環状の「被係止部」に相当し、上記円筒状突出部13’は、本願発明の「突出筒部」に相当するものと解することができる。

そこで、引用例記載の発明と本願発明とを比較すると、本願発明は、次の<1>及び<2>の点において相違し、その余の点において一致しているものと認められる。

<1> 上記フランジは、突出筒部の端面から放射方向に形成される連結部によってボビンと一体成形されたものである。

<2> 上記連結部は、フランジを突出筒部に圧入、嵌合させる際、容易に切断され得る強度になされている。

(4)  上記相違点について検討する。

引用例には、ボビン、リング部及びフランジ部を一体成形することが記載されており、引用例の第4図、第5図は、特にボビンをリング部及びフランジ部と別体に形成して両者を嵌合、固定して糸止め付き糸ボビン用成形体を構成する例として記載されているものである。

そして、互いに嵌合、固定されるべき2つの部材を放射方向に形成された薄肉破断部を介して一体形成し、両者を圧入嵌合させるとき、上記薄肉破断部が破断されて、2つの部材が分離されるようにすることは、従来周知の事項である(昭和55年実用新案登録願第37976号(なお、昭和56年実用新案登録出願公開第141160号公報)の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム、昭和55年実用新案登録願第13226号(なお、昭和56年実用新案登録出願公開第115351号公報)の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム参照)。

そして、上記周知事項からは、互いに嵌合されるべき2つの部材がその嵌合前は上記薄肉破断部によって互いに同心状に保持されるものであるから、両部材の嵌合操作が簡単、容易であることは十分予想されるところである。

そして、上記相違点による本願発明の作用が上記周知の技術的事項の作用ないしはこれから十分予想される範囲外の格別なものであるとは解されず、またこれと異なるものと解すべき格別の理由も明細書の記載に見出せない。

したがって、上記相違点<1>及び<2>に係る本願発明の構成は、引用例の第4図、第5図に記載されたものに上記周知事項を単に付加したというに相当する。

以上のとおりであるから、結局、本願発明は引用例記載の発明に基づき、上記周知事項を斟酌することによって、当業者が容易に発明することができたものというほかはない。

(5)  それゆえ、特許法29条2項の規定により、本願発明について特許を受けることはできない。

4  審決の取消理由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認め、同(3)のうち一致点は争い、相違点は認め、同(4)は争う。

審決は、本願発明及び引用例記載の発明の技術内容を誤認して一致点を誤認し、相違点を看過し、かつ、周知事項でないものを周知であると誤認して相違点の判断を誤り、さらに、本願発明と引用例記載の発明との作用効果の相違を看過したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)

審決は、相違点<1>及び<2>の2点を除き、引用例記載の発明と本願発明とは一致していると認定判断した。しかしながら、次のとおり、一致点の認定には誤りがあり、また、相違点の看過がある。

<1> 審決は、引用例の第4図、第5図の17の部分が本願発明のフランジに相当することを当然の前提として認定している。

しかしながら、本願発明の糸止めフランジは、ボビンのフランジとの間の糸止め間隙を小さく維持するところであるのに対し、17の部分は、外側チューブであって、チューブの厚さだけがフランジ12と当接するにすぎず、内径部分は大きな隙間となって、糸止め間隙を小さく維持していない。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

<2> 審決は、引用例の第4図、第5図の16’の部分が本願発明のリング部に相当することを当然の前提として認定している。

しかしながら、16’の部分は、スナップリングであって、単なるリング部ではない。すなわち、この部分は、円錐形をしており、その弾性的変形によって中央部が表裏両面に膨出し得るものである。これに対して、本願発明のリング部は中央部が表裏両面に膨出しない。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

<3> 審決は、引用例の第4図、第5図の16’の部分が13’の部分に圧入嵌合させて固定されることを理由に、16’の部分は、本願発明の環状の「被係止部」に相当し、13’の部分は本願発明の「突出筒部」に相当すると認定判断した。

しかしながら、引用例には、「スナップリングを…容易にその開放位置へ折返すことができるからである」(3頁右下欄8行ないし10行)との記載があり、引用例記載の発明においては、スナップリング16’の部分を折り返すだけで装着できるもので、圧入嵌合ではない。また、「スナップリングが選択的にその都度死点位置を超える弾性的の変形によって他方の溝側面に隣接した糸締付位置又は該溝側面から遠ざけられた開放位置へ折返可能である」(3頁左下欄18行ないし右下欄2行)との記載があり、圧入嵌合して固定するものでもない。したがって、16’の部分は13’の部分に圧入嵌合させて固定されるとの審決の認定は誤りである。

そして、本願発明は、糸止めフランジ体が突出筒部に圧嵌されることにより、被係止部が係止鍔(本願発明の要旨中「係止鍔」と「係止部」とは同一のものである。)に強制係合されるものである。これに対し、引用例記載の発明では、外側チューブ17はスナップリング16’の弾性的な変形によって容易に開放位置に折返し可能とされるのであり、圧嵌されることにより強制係合されるものではない。

したがって、引用例の第4図、第5図のリング部16’が本願発明の環状の「被係止部」に相当し、円筒状突出部13’が本願発明の「突出筒部」に相当するとした審決の認定判断は誤りである。

<4> 本願発明は、糸止めフランジ体を、ボビンのフランジの外側面に形成した突出筒部と容易に切断しうる連結部によって一体に成形するものである。つまり、本願発明では、ボビンのフランジと対向する位置に糸止めフランジ体を配置し、この両者を突出筒部から放射方向に形成した連結部で一体成形している。

ところが、引用例記載の発明は、このような、構成を具備していない。

審決は、この相違点を看過している。

(2)  取消事由2(相違点の判断の誤り)

審決は、引用例の第4図、第5図に記載されたものは、ボビンをリング部及びフランジ部と別体に形成して両者を嵌合、固定して糸止め付き糸ボビン用成形体を構成する例であるとし、また、従来周知の事項として、互いに嵌合、固定されるべき2つの部材を放射方向に形成された薄肉破断部を介して一体形成し、両者を圧入嵌合させるとき、上記薄肉破断部が破断されて、2つの部材が分離されるようにすることが知られているとし、これを前提に、相違点<1>及び<2>に係る本願発明の構成は、引用例の第4図、第5図に記載されたものに上記周知事項を単に付加したものに相当する、と判断している。

しかしながら、以下のとおり、前提たる認定は誤りであり、結論の判断も誤っている。

<1> 引用例の第4図、第5図に記載されたものは、ボビンにリング部及びフランジ部を嵌合、固定したものではなく、容易に開放位置へ折り返すことができるようにスナップリングによって装着しているにすぎず、審決の認定判断は誤りである。

<2> 審決が周知の事項であるとする事項は、本出願当時当業者に周知であったとはいえない。

すなわち、周知例として掲げられているものは、いずれも壜に関する分野のものであり、糸を巻くボビンの技術分野に属する本願発明とは技術分野を全く異にする。

しかも、周知例は、いずれも実用新案登録願書のマイクロフィルムであり、本願発明の技術分野の当業者が特別装置を要するこれらのものを広く読んでいるとはいえない。

(3)  取消事由3(本願発明と引用例記載の発明の作用効果の相違の看過)

審決は、以下のとおり、本願発明と引用例記載の発明の作用効果の相違を看過している。

<1> 本願発明は、本願発明の要旨記載の構成により、糸を挟む糸止め間隔を小さく維持し、その糸止め機能の信頼性が高く、しかも、糸止め機能の耐久性が大なものを提供でき、そのうえ、糸止め力が強く、糸止め力の安定したボビンを製造できるという作用効果を奏する。

これに対して、引用例記載の発明では、スナップリングの外周部分においてはフランジと密着するが、内周部分においては空洞ができ、糸止め効果に寄与しない。しかも、引用例記載の発明は、糸止め間隔を形成するものではなく、スナップリングの弾性によって糸を挟むものである。スナップリングによって容易に開放位置に折り返すことができるためには、スナップリングに十分な径方向の幅が必要であり、小さい径のボビンを製造することは困難である。

<2> 本願発明は、裁縫用糸を巻くボビンとして使用できるものを提供することを目的とし、これに適するボビンを提供できた。つまり、糸の量は多くなく、ボビンの径も小さいボビンの量産に適する糸ボビン用成形体を提供できる作用効果がある。しかも、対象とする糸が裁縫用糸であって細い場合にも、これを確実に挟み込む糸止め間隙を有し、かつ、大量に製作しても、安定して糸を止めることができる。

これに対し、引用例記載の発明は、主にヤーン(紡績糸)を巻くボビンに関するもので、このためスナップリングによって糸を挟んで止めることを提案しており、本願発明の対象とする裁縫用糸を止めるボビンにも使用できるとはされていない。

審決は、この点を看過している。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

<1> 引用例の第4図、第5図の17の部分が本願発明のフランジに相当しない旨の主張について

上記17の部分は、引用例に記載の外側チューブに該当する。外側チューブ(17の部分)は、円錐形スナップリング(16’の部分)により溝制限部材(25の部分)を構成し、糸を止める作用をなすものである。

一方、原告は、本願発明の糸止めフランジは、ボビンとフランジとの間の糸止め間隙を小さく維持するところである旨主張するが、本願明細書の特許請求の範囲には、具体的にどのように糸止め間隙を維持するかの記載がないので、本願発明を原告の主張するような糸止め間隙を具備した糸止め付き糸ボビン用成形体のみに解する理由がみいだせない。

そして、上記17の部分も本願発明の糸止めフランジも、少なくとも糸を止める作用をなすものとして共通するから、審決の認定に誤りはない。

<2> 引用例の第4図、第5図の16’の部分が本願発明のリング部に相当しない旨の主張について

上記16’の部分は、円錐形スナップリングである。円錐形スナップリングは、本願発明の糸止めフランジ体に相当するところの溝制限部材を構成するもう一方の要素として糸止め作用をなすものであり、かつ、本願発明の突出筒部に相当する同図面のチューブ突起に嵌合、固定されるものであることからみて、本願発明の被係止部に相当するものといえる。

原告は、このスナップリングと本願発明のリング部について、弾性的変形の有無を根拠に審決の上記認定が誤りであると主張するが、このスナップリングは、本願発明のリング部と同様の作用、すなわち、糸を固定する作用の他に、さらに糸の取出しを容易にする作用を付加するために弾性的変形の構造をなしているものであり、スナップリングが弾性的変形の構造を持つからといって糸を固定する作用を失うものではないから、弾性的変形構造の有無を根拠に、上記両者が相当しないとの原告の主張は妥当ではない。

なお、原告は、本願発明の被係止部は弾性変形しないと述べているが、弾性変形しないと係止部に嵌合しない。

<3> 引用例の第4図、第5図の16’の部分が本願発明の「被係止部」に、13’の部分が本願発明の「突出筒部」に相当するとした審決の認定を誤りとする原告の主張について

引用例には、たしかに「圧入嵌合」という表現は使われていないものの、しかし、スナップリング16’は比較的剛性である横断面を有していること、チューブ突起13’には押しはめ面29が形成されていること、さらに、図面からも明らかなようにスナップリングの内径とチューブ突起の最大外径の寸法からみて両者を嵌合させる際に相当の圧力を加える必要があると解されることからすると、引用例記載のスナップリングとチューブ突起も実質的に「圧入嵌合」される関係にあるといえる。

そして、スナップリングは、チューブ突起に作られた溝に固定され、両者の間に強制係合関係が形成される。

したがって、リング部16’が本願発明の環状の「被係止部」に相当し、円筒状突出部13’が本願発明の「突出筒部」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

<4> 原告が相違点の看過であると主張している点について

審決は、引用例記載の発明と本願発明の相違点として、「上記フランジが突出筒部の端面から放射方向に形成される連結部によってボビンと一体成形されたものである」と認定している。

また、原告は、本願発明についてボビンのフランジと対向する位置に糸止めフランジ体を配置している旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲にはそのような構成は記載されておらず、失当である。

(2)  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

<1> 引用例の第4図、第5図に記載されたものは、ボビンにリング部及びフランジ部を嵌合、固定したものではないとの主張については、既に述べたとおり、原告の主張は理由がない。

<2> 原告は、壜に関する分野と糸を巻くボビンに関する分野では、技術分野を異にする旨主張する。

しかし、一般にプラスチック成形加工技術が、多種多様な製品の加工に利用されていることは、ボビンの技術分野の当業者にも知られているところである。このような成形加工技術は、その技術の特徴を利用することにより、例えば金型を取り替えることのみで、壜を製造し、あるいはボビンを製造することができる。プラスチック成形加工技術のような場合、製品の製造が示されていれば、その技術分野は、その製品の技術分野のみに限られるものではない。

なお、周知例として、さらに昭和52年実用新案出願公告第4349号公報記載の考案を追加する。

また、当業者が実用新案登録願書のマイクロフィルムのような特別装置を要するものを広く読んでいることはないとする原告の主張については、マイクロフィルムは既に情報の伝達媒体としてきわめて普通に利用されているものであるから、そのような主張は失当である。

(3)  取消事由3(本願発明と引用例記載の発明の作用効果の相違の看過)について

<1> 原告主張<1>の作用効果について

本願発明の特許請求の範囲には、原告の主張するような糸止め間隙を設けることの記載がないので、これに基づく作用効果の主張は理由がない。

また、仮に、そのような作用効果が認められるとしても、引用例記載の発明も糸止め効果を有することは明らかである。

<2> 原告主張<2>の作用効果について

本願発明の特許請求の範囲には、用途を限定する要件の記載がなく、また、詳細な説明の欄には、「本発明の適用される製品分野は各種用途の糸、ワイヤ、紐、フィラメント用のボビン及びその同効物に及ぶもの」と記載されているのをみても明らかなように、裁縫用糸を巻くボビンに限るべきとする理由はない。

また、引用例記載の発明は、主にヤーンを巻くボビンに関するものである旨の原告の主張は、引用例記載の発明は、ヤーン、スレッドなどのボビンに関するものであるから失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  甲第3号証(平成4年8月31日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、糸止め付き糸ボビン用成形体に関する(3頁15行)もので、従来のプラスチック製ボビンにおいて、糸止め用のフランジとボビン本体の圧嵌状態を作るためのアンダーカットがボビン本体の筒口内周に設けられているが、金型が頽形すると、アンダーカットの形状が崩れる結果、圧嵌状態が製品に得られなくなり、ボビンの使用中糸止めを有効に行い得なくなるという欠点を解消することを技術的課題(目的)とするものである(4頁1行ないし14行)。

(2)  本願発明は、上記課題を解決するため、要旨(特許請求の範囲1)記載の構成(2頁5行ないし3頁1行)を採用した。

(3)  本願発明は、その構成により、次のとおりの作用効果を奏する(10頁3行ないし12頁8行)。

<1> ボビンと糸止めフランジ体とを切断容易な連結部を介して一体成形しているので、両者の成形工程及び組立工程を一体のものとして連続かつ一貫して行うことができ、したがって、ボビンと糸止め用フランジ体とを独立して成形していた従来技術と比べ、製造工程が大幅に簡略化され、製品コストの大幅な低減化が可能となる。

<2> ボビンのフランジ外端面にフランジより小径の係止鍔を有する突出筒部が形成されるとともに、糸止めフランジ体は係止鍔に係止する被係止部が内周に形成された環状とされ、突出筒部に圧嵌され、フランジと糸止めフランジ体との間に止め間隔が形成されている等の構成を採用したことにより、金型によるアンダーカット部の形成の必要がなく、ボビン本体の係止鍔と糸止めフランジ体の被係止部を大きくかつ確実に構成することができ、金型の離型操作が容易であるとともにボビンと糸止めフランジ体の嵌合が強固となり、糸止め機能の信頼性が高く、耐久性も大きい。

2  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)

(1)  原告は、審決が引用例の第4図、第5図の17の部分、16’の部分及び13’の部分がぞれぞれ本願発明の糸止めフランジ体、被係止部、突出筒部に相当すると認定したのは、誤りであると主張する。

まず、本願発明の糸止めフランジ体、被係止部、突出筒部の関係についてみると、甲第2号証(特許願書及び同添付の明細書並びに図面)、同第3号証(手続補正書)によれば、本願明細書には、特許請求の範囲として、「ボビンは、ボビンのフランジの外端面に、フランジより小径の係止鍔を有する突出筒部が形成され、糸止めフランジ体は、係止鍔に係止する被係止部が内周に形成された環状とされ、糸止めフランジ体が突出筒部に圧嵌されることにより被係止部が係止部に強制係合されるように形成され、」(手続補正書2頁7行ないし14行)と記載され、また、発明の詳細な説明として、「係止鍔4は端部の直径が小さい断面三角形の鍵先状のものが好ましく、これに対し糸止めフランジ体6のリング状の被係止部6aは係止鍔の端部から材料の弾性を利用して無理嵌めしたものである。」(7頁7行ないし11行)と記載されていること(別紙図面1参照)が認められる。

そして、上記特許請求の範囲中の「係止部」は「係止鍔」の意味である(このことは、原告の認めて争わないところである。)から、これらの記載によれば、本願発明の糸止め付き糸ボビン成形体は、プラスチック製の独立した部材として構成されたボビンと糸止めフランジ体を圧嵌することにより糸止めを構成するようになっており、ボビンとフランジ体を圧嵌する際に、糸止めフランジ体の被係止部がボビンの係止鍔に強制係合、つまり、被係止部と係止鍔とは材料の弾性変形を利用して無理に嵌め合わされ、また、それによって、糸止めフランジ体とフランジとの間に糸止め間隙を形成し、強固で安定した糸止め力が得られるようにされているものであることが認められる。

これに対し、甲第4号証(公開特許公報)によれば、引用例には、次のとおり記載されていることが認められる。

<1> 特許請求の範囲

「1 環状の糸収容溝を有し、この糸収容溝の片側が一定限度だけ可動の溝制限部材によって形成されており、この溝制限部材がボビンチューブと連結されており且つ糸収容溝の外方を収縮して糸締付スリットを形成している形式のヤーン、スレッドなどのためのボビンチューブにおいて、溝制限部材が円錐形のスナップリング(例えば16)より成り、このスナップリングが選択的にその都度死点位置を超える弾性的の変形によって他方の溝側面(10)に隣接した糸締付位置(32)又は該溝側面(10)から遠ざけられた開放位置(31)へ折返可能であることを特徴とするヤーン、スレッドなどのためのボビンチューブ」(1頁左下欄6行ないし20行)

「9 (前略)スナップリングの内周部が初緊縮力をもって溝(27)内へパチンとはめ込まれている特許請求の範囲第8項記載のボビンチューブ。」(2頁右上欄9行ないし11行)

<2> 発明の詳細な説明

(周知のボビンチューブでは)「付着リブ上に摩擦係合でのっている溝制限部材は、締付スリット内への糸の挿入を容易にするために、フランジに対して相対的に幾分か後退させることができる。しかしこれによっては糸締付スリット内に十分な締付力を得ることができない。」(3頁右上欄9行ないし11行)

「 本発明の目的とするところは…糸始端のもっと良好な締付け…を可能に…構成することにある。」(3頁左下欄11行ないし15行)

「 スナップリング16もしくはそれによって支持されている外側チューブ17はフランジ12に接するか又はこのフランジ12との間に糸直径よりも小さい幅の隙間を形成する。両方の場合に糸の確実な固定を可能にする糸用締付個所19が形成される。」(4頁右上欄9行ないし14行)

「 第4図ではボビン10は取外可能の溝制限部材25を有し、この部材25は第1図におけるように円錐形のスナップリング16’とその外周26’にある外側チューブ17’とより成っている。チューブ突起13’は部材25の内周28を収容するための溝27を有する。第5図に示すようにチューブ突起13’と溝形成部材25は互いにはめ合わされて、内周28は円錐形の押しはめ面29上へはめられ且つフランジ12に向かった方向での外側チューブ17の引続く軸方向移動の際に環状カラー30に接することができて、結局第5図に示した位置に達する。」(4頁左下欄7行ないし18行)

「 位置32から外側チューブ17は容易には、それも第4図に示したスナップリング16’のときでも後退することはできない、それというのは内周28がチューブ突起13’の環状内面33にひっかかるからである。」(5頁左上欄6行ないし10行)

以上の記載によれば、引用例記載のボビンチューブは、従来のものが糸締付け位置と開放位置との間で溝制限部材が移動可能になっていて十分な糸締付け力が得られなかった欠点を解消して、良好な糸締付け力を得ることを目的としたものであって、引用例記載のチューブ突起と外側チューブを互いに嵌め合わせ、その際、スナップリングの内周をボビンの円錐形の押嵌め面に嵌め、外側チューブをさらにボビンのフランジに向かって軸方向に移動させることにより、第5図の位置、すなわち、スナップリングがチューブ突起の溝にパチンと嵌め込まれる締付け位置に達し、外側チューブとフランジとの間に糸の直径よりも小さい幅の隙間を形成し、糸を糸締付け個所で確実に固定するようにしたものと解される。

ここで、特に引用例記載のスナップリングとチューブ突起との関係についてみると、

<1> スナップリングが係合するチューブ突起の部分は、円錐形の押嵌め面であり、押嵌めの意味及びその形状が円錐形をなしていることからして、スナップリングをチューブ突起の部分に嵌合させるには力を加えて押すことが必要であること、この点は、「スナップリングの内周部が初緊縮力をもって溝…内へパチンとはめ込まれている」との前記記載からも推認し得ること、

<2> 外側チューブは、後退させようとしても、スナップリングの内周がチューブ突起の環状内面にひっかかって容易には後退しない、つまり、一旦係合したスナップリングをチューブ突起の環状内面より後退させようとしても、容易には抜けない状態になること、

からして、引用例記載の外側チューブとチューブ状突起とを力を加えて嵌め合わせる際に、スナップリングは、チューブ状突起の円錐形の押嵌め面に無理に嵌め合わされる、つまり、強制係合され、その際、スナップリングの内周部がボビンチューブの環状溝内にパチンと嵌め込まれて固定される、そして、糸締付け位置においては、ボビンのフランジと外側チューブとの間隙は糸の径より小さく保持され、糸をその位置で確実に保持することになるものというべきである。

これを本願発明の糸ボビンと対比してみると、引用例記載の発明の外側チューブ、スナップリング、チューブ突起(審決でいう円筒状突出部)は、ぞれぞれ本願発明の糸止めフランジ、被係止部、突出筒部に相当すると認めることができる。

したがって、審決が引用例記載の発明の外側チューブ17が本願発明の糸止めフランジ体に相当するとの前提に立って、引用例の第4図、第5図のリング部16’は本願発明の環状の「被係止部」に相当し、円筒状突出部13’は本願発明の「突出筒部」に相当するとした認定判断は相当であって、誤りはない。

これらの点に関し、原告は、

<1> 本願発明の糸止めフランジ体は、ボビンのフランジとの間の糸止め間隔を小さく維持できるのに対し、引用例の第4図、第5図の17の部分は、外側チューブであって、チューブの厚さだけがフランジ12と当接するにすぎず、内径部分は大きな隙間となって、糸止め間隔を小さく維持していない、

<2> 本願発明のリング部は、弾性的変形をしないのに対し、引用例の第4図、第5図の16’の部分は、円錐形をしており、その弾性的変形によって中央部が表裏部分に膨出し得るものである、

<3> 本願発明の糸止めフランジ体は、突出筒部に圧嵌されることにより、被係止部が係止鍔に強制係合されるものであるのに対し、引用例の第4図、第5図の17の部分は、16’の部分の弾性的な変形によって容易に開放位置に折返し可能とされるものである、

と主張している。

しかしながら、

<1> 前掲甲第3号証によれば、本願発明の特許請求の範囲には、糸止めフランジ体の具体的構成、たとえば、径方向の長さ、ボビンのフランジに対向する面の構成等については何も記載されておらず、本願発明は、糸止めが可能であれば前記間隙の大きさ形状等についてはとくに限定がないものと解するのが相当であるから、原告のこの主張は要旨に基づかない主張であって根拠がないというべきである(付言すれば、引用例の第4図、第5図の10、17の部分(ボビン、外側チューブ)においても、糸止め間隔が糸の直径よりも小さく維持されていることは既に説示したとおりである。)。

<2> 前掲甲第3号証によれば、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明のリング部が弾性的変形をしないとの根拠となる記載がないし、かえって、本願明細書中には前掲のように「糸止めフランジ体6のリング状の被係止部6aは係止鍔の端部から材料の弾性を利用して無理嵌めしたものである」と記載され、また明細書中には「弾性のあるプラスチック材料たとえばポリプロピレンで、ボビン本体1と糸止めフランジ体6を一体に成形し、本発明に係る糸止め付きボビン用成形体を得る」(甲第3号証8頁15行ないし18行)と記載されていることが認められることからすれば、本願発明のリング部が弾性変形しないものであるとは認め得ない。

<3> 前掲甲第4号証によれば、引用例記載の発明においては、外側チューブ17がスナップリング16’の弾性的変形によって容易に開放位置に折返し可能とされているのは、引用例中の「簡単に糸始端部を糸収容溝から取出すことができる、それというのはスナップリングをこのために容易にその開放位置へ折返すことができるからである」(3頁右下欄7行ないし10行)の記載からみて、ボビンチューブについて糸締付け機能に加えて糸の挿入、取出しを容易にする機能を有するようにするため、外側チューブが開放位置に移動できるように構成したものと解され、糸の締付け機能のみをみるならば、前示のとおり、引用例記載のボビンチューブにおいても、チューブ突起の押嵌め面にスナップリングを強制係合させることによって、外側チューブを糸締付け位置に固定し、その位置で糸の確実な固定を可能にするものであるから、本願発明と異なるものではない。

したがって、原告の前記各主張は、採用できない。

(2)  次に、本願発明は、ボビンのフランジと対向する位置に糸止めフランジ体を配し、この両者を突出筒部から放射状に形成した連結部で一体成形しているのに、引用例記載の発明は、このような構成を具備しておらず、審決は、この相違点を看過しているとの原告の主張について検討する。

前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明について、フランジが突出筒部の端面から放射方向に形成される連結部によってボビンと一体成形されたものであることを、引用例記載の発明との相違点と認定していることが明らかであるから、この点について相違点の看過は存しない。また、原告がボビンのフランジと対向する位置に糸止めフランジ体を配すると主張する点は、本願発明の前記特許請求の範囲に記載されていないから、要旨に基づかない主張であって、理由がない。

したがって、審決には、原告主張の相違点の看過があるとは認められない。

3  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

原告は、審決が、引用例の第4図、第5図に記載されたものは、ボビンをリング部及びフランジ部と別体に形成して両者を嵌合、固定して糸止め付き糸ボビン用成形体を構成する例であるとし、また、従来周知の事項として、互いに嵌合、固定されるべき2つの部材を放射方向に形成された薄肉破断部を介して一体形成し、両者を圧入嵌合させるとき、上記薄肉破断部が破断されて、2つの部材が分離されるようにすることが知られているとし、これを前提に、相違点<1>及び<2>に係る本願発明の構成は、引用例の第4図、第5図に記載されたものに上記周知事項を単に付加したものに相当すると判断したことは、判断の前提たる事実に誤りがあり、結論の判断も誤っていると主張している。

しかし、引用例記載の発明においても、チューブ突起の押嵌め面にスナップリングを強制係合させて外側チューブを糸締付け位置に固定し、その位置で糸の確実な固定を可能にするものであることは、前記2(1)認定のとおりであるから、この点に関する審決の上記判断の前記たる事実に誤りはない。

また、乙第1、2号証(いずれも実用新案登録願書)によれば、審決掲示の昭和55年実用新案願第37976号、昭和55年実用新案願第13226号の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルムにおいて、同記載の各考案の実施例として、審決が周知事項として認定した構成を有する壜のキャップが例示されていることが認められ、同第3号証(実用新案公報)によれば、昭和52年実用新案出願公告第4349号公報には、審決が周知事項として認定した構成を有する合成樹脂製筒体の密栓蓋の構造が開示されていることが認められるから、本出願当時上記周知事項が壜のキャップに限らず広くプラスチック成形加工の技術分野において当業者に知られていたというべきである。

原告は、上記周知事項のため審決が掲げたものは、いずれも実用新案登録願書のマイクロフィルムであって、本願発明の技術分野に属する当業者が広く読んでいるとはいえない旨主張するが、一般にマイクロフィルムは、情報伝達媒体として広く用いられているうえ、実用新案登録願書のマイクロフィルムは、実用新案登録出願に係る考案の内容を説明する刊行物として広く知られていることは当裁判所に顕著な事実であるから、周知事項の認定の証拠資料としてマイクロフィルムを用いることに何らの不都合もなく、原告の主張は理由がない。

一方、本願明細書の記載によれば、本願発明は、従来のプラスチック製ボビンにおける前記1(1)認定の欠陥を解消し、金型によるアンダーカット部の形成の必要のないように、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用し、同(3)<1>認定のとおりボビンと糸止めフランジ体の成形工程及び組立工程を一体のものとして、連続かつ一貫して行うことができ、したがって、ボビンと糸止め用フランジ体とを独立して成形していた従来技術と比べ、製造工程が大幅に簡略化され、製造コストの大幅な低減化が可能となるというプラスチック成形加工上の作用効果を奏するものであることが明らかである。

そうすると、本願発明もプラスチック成形加工の技術分野に関するものである点において、前記乙第1ないし第3号証に示された考案と技術分野を共通にするというべきであるから、引用例記載の発明において、審決認定の上記周知事項を参酌し、本願発明と同一の構成を得ることは当業者が容易に想到し得たものというべきである。

以上のように、審決には、原告の主張する前提たる事実の誤りはなく、結論の判断にも誤りはない。

4  取消事由3(本願発明と引用例記載の発明の作用効果の相違の看過)について

(1)  原告は、本願発明が糸を挟む糸止め間隔を小さく維持し、その糸止め機能の信頼性が高く、しかも、糸止め機能の耐久性が大きく、糸止め力が強く、糸止め力の安定したボビンを製造できるという作用効果を奏するのに対し、引用例記載の発明では、スナップリングの内周部分に空洞ができ、糸止め効果に寄与せず、しかも、引用例記載の発明は、糸止め間隔を形成するものではなく、スナップリングの弾性によって糸を挟むものであるから、スナップリングに十分な径方向の幅が必要であり、小さい径のボビンを製造することは困難である旨主張する。

しかし、前掲甲第3号証によれば、糸を挟む糸止め間隔を小さく維持する構成は、本願発明の特許請求の範囲に記載されていないことが認められるから、原告の主張は要旨に基づかない主張であって失当であるし、引用例記載のボビンチューブが糸の直径よりも小さい隙間を形成して糸を締め付けて固定するものであることは、既に説示したとおりであるから、その点に両者の奏する作用効果上の相違はない。

また、本願発明は、糸止め機能の信頼性が高く、糸止め機能の耐久性が大きく、糸止め力が強く、糸止め力の安定したボビンを製造できるという点については、引用例記載のボビンチューブも、糸始端の良好な締付けを可能にすることを目的とし、糸締付け位置においては、外側チューブとフランジとの間を糸の直径よりも小さい幅とし、かつ、糸締付け個所により糸の確実な固定が可能であることは前記2認定のとおりであって、引用例記載の発明がこれらの作用効果を有しないとする主張は根拠がないといわざるをえない。

(2)  原告は、本願発明が裁縫用糸を巻くボビンを提供することを技術的課題とし、糸の量が多くなく、ボビンの径も小さいボビンの量産に適する糸ボビン用成形体を提供するものであるのに対し、引用例記載の発明は、主にヤーン(紡績糸)を巻くボビンに関するもので、本願発明の対象とする裁縫用糸を止めるボビンにも使用できるとはされていない旨主張するが、前掲甲第3号証によれば、本願発明の特許請求の範囲には、ボビンに巻かれる糸の種類についてはもとよりボビンの大きさを規定する記載はなく、本願発明について原告のように限定して解すべき理由も認められないから、原告のこの主張も理由がない。

したがって、審決が本願発明と引用例記載の発明の作用効果の相違を看過したということを認めることはできない。

5  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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